高松地方裁判所観音寺支部 昭和52年(ワ)6号 判決 1978年7月10日
原告
大西敏春
ほか三名
被告
長野照子
ほか一名
主文
一 被告らは、各自、原告大西敏春に対し金一五万円、原告大西征夫、同久保照子、同中川代志子に対し各金七万円および右各金員に対する昭和五〇年六月二〇日から各支払いずみまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを四分し、その三を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。
四 この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
被告らは、各自、原告大西敏春に対し金一〇〇万円、原告大西征夫、同久保照子、同中川代志子に対し各金五〇万円および右各金員に対する昭和五〇年六月二〇日から完済に至るまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。
仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
第二請求原因
一 事故の発生
1 日時 昭和四八年九月二五日午後七時ころ
2 場所 観音寺市柞田町丙一一二九番地先交差点
3 加害車 普通乗用車(香五五に一四七六号)
右運転者 被告長野照子(以下、被告照子という。)
4 被害者 大西チヨ子(以下、単にチヨ子という。)
5 態様 被害者が右日時場所で自転車に乗つて東から北に右折中、南から北に向けて進行してきた加害車にはねとばされた。
二 責任原因
1 被告照子 一般不法行為責任
本件事故現場は、国道一一号線とこれにほぼ直角に交わる道路とでできた観音寺市内の主要交差点の一つであつて、交通の極めて頻繁な場所であるため、横断歩道のゼブラマークや信号機が設置せられているほか、加害車(被告照子運転の車両のこと。以下同じ。)の進行方向からの見通しも極めて良いところであるから、車両運転者にとつて、事前に前方は交差点であり横断歩道があることおよびその他交差点付近の状況について十分認識することができる場所である。にもかかわらず、被告照子は、自己の進路の信号が青であつたことに気を許し、右前方に対する他の車両等への注意を十分払わず時速約五五ないし六〇キロメートルで漫然と進行した過失により本件事故を発生させた。
2 被告長野良之(以下、被告良之という。)運行供用者責任
被告良之は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供していた。
三 損害(原告ら固有の慰藉料)
1 チヨ子は、本件交通事故により、頭部外傷、頭蓋底骨折、頭蓋内出血、左前頭部挫創、左脛骨複雑骨折の傷害(後遺症一級)を受け、現在廃人同様の悲惨な病状にある。
2 原告大西敏春(以下、原告敏春という。他の原告についても同様に名のみで表示する。)はチヨ子の夫、その余の原告らは、原告敏春とチヨ子との間の子である。
3 本件事故により原告敏春の家庭は破壊され、原告らは悲痛な毎日を送つており、原告らの精神的損害を慰藉するためには、原告敏春に対し一〇〇万円、その余の原告らに対し各五〇万円が相当である。
よつて、原告ら固有の精神的損害を慰藉するため、請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。
第三請求原因に対する被告らの答弁
一のうち、1および2ならびに5のうちの被告照子運転の普通乗用自動車とチヨ子とが衝突したこと(もつとも、被告照子は国道一一号線を東進中であり、チヨ子は自転車に乗つて右道路を横断中であつた。)は認め、その余は争う。
二の1は争う。被告照子に過失がないことは、被告良之の免責の抗弁において述べるとおりである。
二の2は認める。
三の1は不知。2および3は争う。本件で原告らは固有の慰藉料を請求するか、本件交通事故に関しては、チヨ子が既に別件(当庁昭和四九年(ワ)第一一号事件において被告らに対して慰藉料を請求し、右訴訟の第一審判決ではチヨ子の慰藉料として九五〇万円が認容されており、右金額の中にはすべての者の慰藉料も当然含まれていると解すべきであるから、本件における原告らの慰藉料請求は違法というべきである。
第四被告らの抗弁
一 免責(被告良之)
本件交通事故は、チヨ子の一方的過失によつて発生したものであり、被告照子には何ら過失がなかつた。かつ、加害車には、構造上の欠陥または機能の障害がなかつたから、被告良之には損害賠償責任はない。すなわち、本件交通事故は、被告照子が加害車を運転して本件交差点に差しかかり、自車の進行方向の信号が青であつたので、制限速度内で、前方を注視し、左右の安全を確認しながら右交差点を通過中、チヨ子が赤信号を無視し漫然と右交差点を横切ろうとして飛び出した過失により発生したものである。しかも、当時は夜間であつたのに、チヨ子は自転車の前照灯を点灯していなかつた。かような状況においては、他の交通関与者が交通法規を無視した行動に出ることまで予想して運転する注意義務はないものと言うべきで、被告照子としては、チヨ子のごとき赤信号を無視して交差点に進入し横断する者のありうることまでも予想し、あらかじめ減速のうえ左右にも十分な注意を払いながら進行すべき注意義務はなく、したがつて、被告照子には過失はない。
二 消滅時効(被告両名)
原告らの本訴提起の時は、原告らが本件交通事故による損害および加害者を知つた昭和四八年九月二五日から既に三年を経過した後である。被告らは、本訴において右消滅時効を援用する。
三 過失相殺(被告両名)
仮に、被告らに損害賠償責任があるとしても、本件事故の発生については、チヨ子にも抗弁一において述べたとおりの甚大な過失があるから、慰藉料額の算定にあたり過失相殺されるべきである。
第五抗弁に対する原告らの答弁
一、二は否認する(なお、チヨ子の症状が固定したのは事故後相当日時を経過した後であるから、消滅時効の起算日は被告ら主張の日時よりずつと後にすべきである。)。
三のチヨ子に過失があつたことは認めるが、チヨ子の過失割合は最高五割とみるべきである。
第六再抗弁(消滅時効中断)
原告らは、被告らに対し、本件事故発生後三年以内である昭和五一年九月二二日到達の書面をもつて被告らが本件事故によつて原告らに対して負担すべき損害賠償債務の履行を催告し、それから六か月以内の昭和五二年二月二二日本訴を提起した。
第七証拠〔略〕
理由
第一 請求原因一記載の日時場所において、被告照子運転の加害車とチヨ子運転の自転車とが衝突したことは当事者間に争いがなく、衝突事故の態様については第二の一において認定するとおりである。
第二 責任原因
一 一般不法行為責任(被告照子)
原本の存在とその成立に争いのない乙第一三号証の六、七、九、一〇、一一、乙第一四号証、乙第一五号証の一(措信しない部分を除く。)、同号証の二、被告照子本人尋問の結果(措信しない部分を除く。)および弁論の全趣旨によれば、本件事故の態様に関して以下の事実が認められ、この認定に反する乙第一五号証の一の記載部分、被告照子の供述部分はにわかに措信し難く、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。
1 本件交差点は、概ね南北に伸びる国道一一号線と概ね東西に伸びる県道(いずれの道路とも、アスフアルト舗装され、歩車道の区別がなく、幅員は約九メートルである。)とがほぼ直角に交わる交差点であり、国道一一号線の本件交差点への入り口(交差点の北詰と南詰)には幅員約四メートルの横断歩道が設けられていること、国道一一号線上の、右の各横断歩道の手前の地点からの交差道路(県道)に対する見通しは極めて悪いこと、本件交差点には信号機が設置され、本件事故発生時は青、黄、赤の三色の灯火によつて交通整理がなされていたこと、本件交差点付近では、国道、県道ともに最高速度の指定はないこと、なお、夜間にあつては、本件交差点の南西隅からやや南寄りの地点の水銀灯が点灯されるが、交差点は暗いこと。
2 被告照子は、時速約五五ないし六〇キロメートルの速度で前照灯を下向けの状態にして加害車を運転して国道一一号線を北進し、かつて何度も通行したことのある本件交差点に差しかかつたが、本件交差点のおよそ二〇〇メートル手前で本件交差点の自己の対面信号が青の灯火であることを確認し、以後、専ら信号のみを注視し続け、赤信号を無視して交差道路(県道)から本件交差点に進入してくる車両等はないものと考え、自己の対面信号が青であることに気を許し漫然と同速度のまま進行を続けたこと。
3 チヨ子は、自転車に乗つて、無灯火のまま、本件交差点の北東隅付近から北西の方向へとやや斜めに国道一一号線の横断を始めたこと、その時のチヨ子の対面信号は赤であつたこと。
4 前述の状態で運転を続けていた被告照子は、南詰横断歩道を越えて本件交差点内に進入して初めて、約二〇メートル右斜め前方の地点(北詰横断歩道北端のやや北方で、道路中央線から東へ一メートル足らずの地点)を前述のとおり横断しているチヨ子を発見し、急制動の措置をとつたが間に合わず、自車右前部をチヨ子運転の自転車の左横に衝突させたこと。
右事実によると、被告照子の対面信号は青の灯火であつたのであるから、被告照子は本件交差点を直進することができたことは言うまでもないが、しかし、対面信号が青であることから当然に前方注視義務が免除されるというものではなく、自動車運転者としては、青信号に従つて交差点に入ろうとし、および交差点内を通行するときにおいても、当該交差点の状況に応じ、交差道路を通行する車両等、反対方向から進行してきて右折する車両等および当該交差点またはその直近で道路を横断する歩行者に特に注意し、かつ、できる限り安全な速度と方法で進行しなければならない注意義務があるというべきであるから、前認定の被告照子の運転には、形式的な道交法違反はないにせよ、前方の安全確認を怠り、かつ、相当の高速で進行した点において過失があつた(そのため、チヨ子の発見が遅れ、事故発生を回避することができなかつた。)ものと認められる。
したがつて、被告照子には、本件交通事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。
二 運行供用者責任(被告良之)
請求原因二の2は当事者間に争いがない。そして、前述のとおり、被告照子に過失が認められる以上、被告良之の免責の抗弁は理由がない。
第三 損害
一 原告敏春本人尋問の結果真正に成立したものと認められる甲第四、第五号証、原告征夫、同代志子、同敏春各本人尋問の結果によると、チヨ子(事故当時五六歳)は、本件事故により、頭蓋底骨折、脳挫傷、右鎖骨骨折、右第四、第五肋骨骨折、左脛骨、腓骨開放性骨折の傷害を負い、事故当日から約九か月間三豊総合病院に入院し、その後も約一年間同病院に通院して治療を受けた結果、昭和五〇年六月に症状は固定したものの、頭蓋底骨折、脳挫傷により、精神症状に高度の痴呆を残し(たとえば、指南力は、時、場所、人とも不良で、記銘、記憶力も不良。計算力は、一桁の加減は可能だが二桁は不能など)、また、中枢性失語症も残り、そのため、心的水準の低下、精神作業能力の低下が著しく、終身労務に服することができないのはもちろん、入浴、排便の始末ができず、日常生活にかなりの介助を必要とする状態であり、さらに左脛骨、腓骨の骨折により、左下腿下三分の一部に疼痛が常時あり、左下腿の変形、左足関節の運動制限、左下肢の約二センチメートルの短縮が残り、左下腿装具を装着しないと歩行ができない状態であり、右の後遺障害はいずれも回復改善の見込みはないとの診断がなされ、自賠責後遺障害別等級表第一級の認定を受けたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。
二 成立に争いのない甲第一号証の一ないし四、第二号証の一ないし四、原告征夫、同代志子各本人尋問の結果によると、請求原因三の2の事実が認められる(なお、本件事故当時、原告敏春、同征夫はチヨ子と同居していたが、原告照子、同代志子は結婚してチヨ子とは別居していたことも認められる。)。
三 被告らは、慰藉料額の算定につき過失相殺の抗弁をなし、この抗弁に対し原告らもチヨ子に過失があつたことは争わない(そして、赤信号無視のチヨ子の過失は相当重大であると言うべきである。)。しかし、精神的損害の賠償としての慰藉料額の算定に際しては、ことに、本件のように慰藉料のみの請求がなされている場合においては、まず被害者の過失を考慮の外において慰藉料額を算定し、次いで過失相殺をするという方法によるよりも、被害者の過失を、慰藉料額算定につき斟酌すべき諸般の事情に含まれるものとしてこれを考慮して慰藉料額を算定するのが相当であると解される。
そこで、チヨ子の受傷および後遺障害の内容、程度、本件事故発生の事情(前述のとおり、チヨ子の過失を含む。)、チヨ子と原告らとの間の身分関係、チヨ子の年齢その他諸般の事情を考えあわせると、本件事故による原告ら固有の慰藉料額としては、原告敏春については一五万円、原告征夫、同照子、同代志子については各七万円とするのが相当であると認められる(原告征夫、同照子、同代志子の間にはチヨ子との同居の有無の点において差異があるが、そのために慰藉料額に差異を設けなければならない程の事情とは認められない。)。
なお、当庁昭和四九年(ワ)第一一号事件において、本件交通事故によるチヨ子の慰藉料請求についていわゆる基準額が認容されてはいても、本件において原告らが請求する慰藉料は、交通事故により受傷した被害者の近親者が、事故の被害者が死亡したときに比肩しうべきか或いは被害者が死亡したときに比して著しく劣らない程度の精神的苦痛を被つた場合に認められる近親者固有のものであつて、チヨ子の慰藉料請求権とは別個のものであるから、原告らの本訴請求が違法のものではないことは言うまでもない。
第四 消滅時効の抗弁
原本の存在とその成立に争いのない乙第一三号証の八、原告征夫、同代志子各本人尋問の結果および弁論の全趣旨によると、原告らは、本件事故当日、チヨ子の受傷の事実およびその加害者を知つたことが認められ(第三の一に認定したチヨ子の後遺障害が受傷当時予測しえなかつたものとの主張も証拠もないから、症状固定時まで損害を知つたことにはならないとする原告らの主張は採用できない。)、本件訴状が受理されたのが昭和五二年二月二四日であることは記録上明らかであるが、他方、原告敏春本人尋問の結果およびこれによつて真正に成立したものと認められる甲第六号証(観音寺郵便局長作成名義部分の成立は争いがない。)、成立に争いのない甲第七号証の一ないし四によれば、原告らは、被告らに対し、昭和五一年九月二二日到達の書面をもつて、原告らが本訴で請求している、本件事故による原告ら固有の慰藉料請求権につき履行の催告をなしたことが認められる(本件訴状の受理については前述のとおり。)から、結局、被告らの消滅時効の抗弁は理由がない。
第五 結論
以上の事実によれば、原告らの本訴請求は、原告敏春については金一五万円とこれに対する不法行為の日の後である昭和五〇年六月二〇日から支払いずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で、原告征夫、同照子、同代志子についてはいずれも各金七万円と同各金員に対する前同日から各支払いずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度でそれぞれ理由があるからこれらを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 山崎宏)